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京都地方裁判所 昭和57年(行ウ)39号 判決 1985年6月03日

原告

加名田光三

被告

山中末治

被告

吉田俊一

被告ら訴訟代理人

莇立明

北條雅英

田中伸

主文

被告らは、八幡市に対し、各自金六一四〇万円とこれに対する昭和五三年九月二五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

主文同旨の判決。

二  被告ら

1  本案前の申立

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決。

2  本案についての申立原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

一  本件請求の原因事実

1  原告は八幡市(昭和五二年一一月一日、市政施行により八幡町から八幡市に変更、以下区別せずに八幡市という)の住民であり、被告山中末治は八幡市長、被告吉田俊一は八幡市収入役であつた。

2  被告らは、職員厚生研修費の名目で、昭和五一年度に金二三八〇万円を、昭和五二年度に金三七六〇万円を、各支出した(以下それぞれ昭和五一年度分の支出、昭和五二年度分の支出といい、両者をあわせて本件支出という)。

3  本件支出は、次のとおり、公金の違法な支出である。

(一) 本件支出は、八幡市当局と訴外八幡市職員労働組合との交渉に基づき、八幡市職員に対して個別に支給された給与(賞与)の実質を有するものであるが、このような支出の根拠となる法律や条例はない。

したがつて、本件支出は、地方自治法(以下法という)二〇四条の二、地方公務員法(以下地公法という)二五条に違反する。

(二) 本件支出は、補助金たる職員厚生研修費として予算に計上されていた経費を、実質給与(賞与)として予算外の支出をしたもので、予算上の根拠を欠く。

4  ところで、被告山中末治は、八幡市長として、本件支出を命令し、被告吉田俊一は、八幡市収入役として、右の違法な支出命令を拒否すべきであつたにもかかわらず、法二三二条の四第二項に違反して、本件支出を行つた。

5  八幡市は、被告らの違法な本件支出により、支出総額金六一四〇万円と同額の損害を被つた。

6  原告は、昭和五三年七月三日、八幡市の監査委員に対し、被告らの違法な本件支出について、法二四二条一項に基づく住民監査請求をしたが、右監査委員は、同年八月三〇日、原告に対し、右請求には理由がない旨の通知をした。

7  結論

原告は、法二四二条の二第一項四号に基づき、八幡市に代位して、被告らに対し、各自損害金六一四〇万円とこれに対する本件支出の後である昭和五三年九月二五日(本件訴提起の日)から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を八幡市に支払うことを求める。

二  被告らの本案前の主張

本件訴は、次のとおり、不適法である。

1  法二四二条の二第一項四号に基づく本件訴の不適法

本件訴は、被告らが八幡市長や八幡市収入役としてした本件支出の違法を理由とする損害賠償請求であるが、このような賠償責任は、法二四三条の二所定の手続(地方公共団体の長の賠償命令)によつてのみ実現され、法二四二条の二第一項四号の住民訴訟に基づいて請求することは許されないと解すべきである。したがつて、本件訴は、不適法である。

2  訴権の濫用

本件訴は、八幡市議会議員の原告が、八幡市長の被告山中末治との政治的対立を背景に、八幡市政の信用の失墜を計ることのみを目的とし、同被告に対する政治的攻撃に利用する意図で提起されたものであるから、訴権の濫用として、不適法である。

3  監査請求期間の徒過

昭和五一年度分の支出は、昭和五二年四月一九日終了したが、原告が監査を請求したのは、昭和五三年七月三日であつた。

したがつて、原告の昭和五一年度分の支出に関する監査請求は、法二四二条二項所定の一年の期間経過後になされたものであり、本件訴のうち昭和五一年度分の支出に関する部分は、適法な監査請求を経ていないから、不適法である。

4  監査請求の欠如

原告は、昭和五二年度分の支出について、監査請求をしていない。したがつて、本件訴のうち昭和五二年度分の支出に関する部分は、監査請求を経ておらず、不適法である。

5  出訴期間の徒過

本件訴のうち、昭和五二年度分の支出に関する部分は、訴状に損害額の具体的記載がないから、特定を欠き、適法な訴の提起がなされたとはいえない。原告が右損害額を具体的に主張したのは、昭和五四年一月二六日であり、このときに適法な訴の提起があつたとしても、すでに法二四二条の二第二項一号所定の監査結果の通知があつた日から三〇日以内の出訴期間経過後であるから、本件訴のうち昭和五二年度分の支出に関する部分は、不適法である。

三  被告らの本案前の主張に対する原告の反論(監査請求期間徒過の点について)

昭和五一年度分の支出が、昭和五二年四月一九日終了したことは認める。

原告が、昭和五一年度分の支出について、法定期間経過後に監査を請求したことには、法二四二条二項ただし書の正当な理由がある。すなわち、

昭和五一年度分の支出は、職員厚生研修費の名目で予算や決算に計上された。原告は、八幡市議会議員として、予算や決算の議決に参加したが、職員厚生研修費の内容や使途についての具体的説明がなかつたので、これが職員に個別に支給されていたことを知り得なかつたのである。原告は、昭和五三年三月三〇日の昭和五三年八幡市議会第一回定例会の一般質問で問い質したことによつて、はじめて職員厚生研修費が職員に個別に支給された事実を知つた。そして、原告は、右定例会の会議録を法二四二条一項が要求する違法な支出を証する書面として、監査請求の際に提出することとし、その作成を待ち、作成後速やかに監査請求を行つた。したがつて、この事情は、正当な事由に該当する。

四  本件請求の原因事実に対する被告らの答弁と主張

(認否)

1 本件請求の原因事実中、1、2の各事実は認める。

2 同3、4の各主張は争う。

3 同5の事実は否認する。

4 同6のうち、原告が昭和五二年度分の支出について監査請求を行つたことは否認し、その余の事実は認める。

(主張)

1 本件支出の適法性

(一) 本件支出は、補助金である。

八幡市は、地公法四二条に基づき、職員の元気回復措置を計画実施する義務を負担し、これまで職員の旅行やレクリエーションを計画し、実施してきた。しかし、職員数の増大や職務の中断による不都合の回避等の理由により、これまでのような事業を行うことが困難になつた。そこで、八幡市は、これに代えて、職員各自に元気回復措置をとらせることとして、その費用を補助金として予算に計上し、各職員に支給することとしたのである。

したがつて、本件支出は、法律や予算に基づく補助金の支出であつて、給与の支給ではないから、適法である。

(二) 本件支出は、条例に基づく。

仮に、本件支出が給与の実質をもつたものであるとしても、八幡市給与条例(昭和三九年条例第二四号)附則二項は、職員に対して、予算の範囲内で、必要と認める額を加算して支給することを認めており、本件支出は、この規定に基づくものである。

したがつて、本件支出は、条例上の根拠があり、適法である。

2 損害

(一) 損害の不発生

八幡市は、前項(一)記載のとおり、職員の元気回復措置を行い、これに要する費用を支出する義務を負担しているが、本件支出によつて、この義務を免れた。そして、八幡市のこれまでの実績や近隣の地方公共団体の支出額から勘案すると、八幡市が昭和五一、五二年度に元気回復措置を行つた場合、これに要する費用は、本件支出額に相当する。

したがつて、仮に本件支出が違法であるとしても、八幡市は、本件支出によつて、これと同額の、本来支出すべき費用の負担を免れたことになるから、八幡市に損害はない。

(二) 損害の範囲

本件支出による支給を受けた者は、八幡市の一般職職員だけでなく、特別職職員、地方公営企業職員及び単純な労務に雇用される者も含まれている。そして、一般職職員以外の者には、法二〇四条の二や地公法二五条の適用がないから、これらの者に対する支給分は適法である。

したがつて、仮に本件支出が違法であるとしても、これによつて生じた損害は、一般職職員に支給した金額に限られるべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一本件訴の適否について判断する。

1  本件訴と法二四三条の二との関係について

被告らは、本件支出に関する損害賠償は、法二四三条の二所定の手続によつてのみ処理されるべきであり、これを法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟である本件によつて請求することは許されないと主張する。

しかし、法二四三条の二に規定する職員の賠償責任は、地方公共団体の職員の地方公共団体に対する損害賠償責任関係を定め、同責任を負うべき場合につき、長の賠償命令に基づき、簡易迅速な内部的処理を実現するために設けられたものであるのに対し、法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟は、地方公共団体の職員による違法な公金の支出等に対し、当該地方公共団体の住民がこれに代位して、減少した財産の回復を求めるもので、住民による違法な地方行政の是正のための制度である。したがつて、両者は、その制度の趣旨や目的を異にしているといわなければならない。

そのうえ、地方公共団体の職員(職員に長が含まれるかどうかの点については、本件では、被告に八幡市収入役が入つているから判断しない)の違法な公金の支出に対し、長が賠償命令を発しない場合、このときには、住民訴訟の提起による是正の方法しかないところ、長が賠償命令を発するかどうか未定の間は、住民は、拱手傍観せざるをえなくなり、その間に監査請求や出訴の期間を徒過してしまう虞れが生じる。しかし、これでは、法が、住民による地方行政の監督のために住民訴訟の制度を設けた趣旨が、没却されてしまうのである。

このようにみてくると、法二四二条の二第一項四号の住民訴訟は、法二四三条の二の規定によつて妨げられることなく、長その他の職員が、地方公共団体に対し、民事上の賠償責任を負担する場合に該るときには提起することができると解するのが相当である。

したがつて、被告らのこの点に関する主張は、採用しない。

2  訴権の濫用について

被告らは、本件訴が、原告の被告山中末治に対する政治的攻撃に利用する意図で提起されたもので、訴権の濫用であると主張するが、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、このことが認められる証拠はない。

したがつて、被告らのこの点に関する主張は、採用しない。

3  昭和五一年度分の支出に関する監査請求期間の徒過について

(一)  昭和五一年度分の支出が昭和五二年四月一九日終了したこと及び原告が昭和五三年七月三日右支出に関する監査請求をしたことは、当事者間に争いがない。

(二)  原告は、期間経過後に監査請求を行つたことについて、法二四二条二項ただし書の正当な理由があると主張するから、この点について判断する。

(1) <証拠>を総合すると、次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(ア) 昭和五一年予算案は、昭和五一年八幡市議会第一回定例会で審議のうえ可決され、同年度の決算は、昭和五三年第一回定例会で認定された。

原告は、昭和五〇年四月、八幡市議会議員に当選し、右予算案や決算の審議、議決に加わつた。

(イ) 昭和五一年度分の支出は、予算書の各目の一九節に、他の負担金、補助金、交付金と一括して、「負担金補助及び交付金」として計上され、その合計金額のみが記載された。そして、決算書でも、各目の一九節に「負担金補助金及び交付金」と記載され、その備考欄に「職員退職手当組合、厚生研修費」、「職員自治研究会及び厚生費」、「職員退職手当組合研修費」などの名目とその合計金額が記載されたのみであり、予算や決算の審議の際、担当者から書面や口頭によつてその内容や目的、支出方法等について具体的な説明がなかつた。

(ウ) 原告は、昭和五三年二月二七日、自治省を訪れた際、同省財政局指導課長訴外土田栄作から、八幡市が自治省に提出した八幡市決算財政報告書に記載された職員互助会負担金五一二〇万円の使途に不審があり、やみ給与の疑いがある旨を告げられた。そこで、原告は、八幡市の職員から事情聴取をしたところ、三年程前から別封の加給賞与金として、金員の支給を受けたことが判明し、また、被告吉田俊一から、右金五一二〇万円のうち金二三八〇万円を、八幡市職員労働組合との交渉に基づき、夏期及び期末に、全職員に対し、一時加給賞与金として支給したこと及び右金二三八〇万円は、予算書の「負担金補助及び交付金」から職員厚生研修費として支出されたことを聞き出し、支出金額等を記載したメモ(甲第一四号証)の手交を受けた。

被告吉田俊一は、このとき、原告に対し、右事実を自分から聞いたことを、内密にして欲しいと懇願した。

(エ) そこで、原告は、昭和五三年三月三〇日に開かれた昭和五三年八幡市議会第一回定例会で、一般質問に立ち、前記職員互助会負担金五一二〇万円の支出の明細を追求したところ、八幡市総務部長訴外西村正男が、そのうちの金二三八〇万円を、職員厚生研修費として予算の各自の一九節に計上された「負担金補助及び交付金」から支出したことを答弁し、さらに、八幡市管理部長訴外佐々木義男が、職員厚生研修費は、地公法四二条に基づき、文化祭や体育祭を実施したり、体育、厚生、保養施設を作つたりするための費用であると答弁したが、原告が、さらに追及したところ、職員に個別に支給したことを認める答弁をした。

(オ) 原告は、この答弁により、職員厚生研修費が「やみ賞与」として職員に個別に支給されたことを確信し、監査請求をすることにした。しかし、法二四二条一項が、監査請求の際、違法な支出を証する書面の提出を要求しているので、前記答弁の内容が記載された会議録をこの書面として提出することとして、その作成を待つた。

この議事録は、昭和五三年六月末ころ作成されたが、原告は、これを入手して約一週間後の同年七月三日、監査請求をした。

(2) 右認定の事実によると、原告が法定の一年の期間内に監査請求をすることができなかつたのは、会議録の作成を待つていたからであるが、このことは、法二四二条二項ただし書の「正当な理由」に該るとしなければならない。すなわち、

同条一項は、「証する書面」の提出を要求しているところ、昭和五一年度分の支出は、前記認定のとおり、内密に行われ、巧妙に隠蔽されており、表面上は補助金の支出として辻褄があわされていた。これに対し、原告がこの時点で入手していたのは、被告吉田俊一から手交された前記メモ(甲第一四号証)だけであつたが、このメモは、支出金額や予算上の費目等が断片的に記載してあるにすぎず、このメモで、違法な支出を証することは無理であつた。そして、原告としては、職員らの表立つた協力も期待できない以上、佐々木義男の八幡市議会での前記答弁が記載された会議録を提出するしか方法がなかつたのである。そこで、原告は、会議録作成後それを入手し、その約一週間後に、監査請求をしたのである。以上の事情を総合したとき、原告がした監査請求は、期間経過後にされたとはいえ、それには正当な理由があつたとしなければならない。

(三)  したがつて、被告らのこの点に関する主張は、採用しない。

4  昭和五二年度分の支出に関する監査請求の欠如について

被告らは、原告が昭和五二年度分の支出について、監査請求をしていないと主張するが、成立に争いがない甲第一号証(監査請求書)の記載から、原告が具体的金額こそ明らかにしていないものの、昭和五二年度分の支出を監査の対象に掲げていることが読み取れるし、成立に争いがない甲第二号証(監査結果の通知書)によると、監査委員も、昭和五二年度分の支出を監査対象としていることが認められ、この認定に反する証拠はない。

そうすると、原告は、昭和五二年度分の支出についても監査請求をしたというべきであるから、被告らの主張は、採用しない。

5  昭和五二年度分の支出に関する出訴期間徒過について

被告らは、原告が昭和五二年度分の支出の具体的金額を明らかにしたのは、昭和五四年一月二六日であり、この時点では出訴期間を経過しているから、本件訴のうち同年度分の支出に関する部分は不適法であると主張する。

確かに、本件訴は金員の給付を求める訴であり、請求金額を具体的に特定しなければならないところ、本件訴状の請求の趣旨には、「被告が違法に支出した昭和五一年度職員厚生研修費弐千三百八拾万円同五二年度にも同様な支出を行つた之は地方自治法第二百四条の二に違反する支出であるから八幡市がこうむつた損害を同市に対し賠償しなければならない原告は八幡市に代位して地方自治法第二百四十二条の二の規定により違法な支出に基き同市がこうむつた損害の賠償を求める」との記載があるだけで、請求の原因中にも、具体的金額の主張がなく、昭和五四年一月二六日付準備書面によつて、はじめてこれを具体的に特定して主張したことは本件記録上明らかである。なお、本件の原告は、本人訴訟である。

しかしながら、原告の同準備書面第六項によると、八幡市が昭和五二年度分の支出額を具体的に明らかにしたのは、昭和五三年一二月一三日であるから、訴状提出の時点では、具体的金額を明示することができない事情があつたとしなければならない。

したがつて、本件訴状の前記記載もやむを得なかつたといえるから、被告らのこの点に関する主張は、採用しない。

6  以上の次第で、本件訴には、被告らが主張する違法がなく、適法である。

二本案について判断する。

1  当事者間に争いがない事実

原告が八幡市の住民であり、被告山中末治が八幡市長、被告吉田俊一が八幡市収入役であつたこと、被告山中末治が本件支出を命令し、被告吉田俊一がこれを支出したこと、以上のことは、当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いがない事実、<証拠>を総合すると、次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  八幡市は、かねてより、地公法四二条に基づき、職員の旅行やレクリエーションなどの事業を行つてきたが、職員数の増大や業務の停滞などを理由に、これらの事業を中止し、昭和四九年ころからその費用を職員に個別に支給することとした。

その方法は、八幡市当局と八幡市職員労働組合との交渉に基づいて支給額を決定し、夏期、期末に、全職員に対し、一時加給金として支給するというものであつたが、労働組合や職員は、この支給が、夏期手当や期末手当のブラスアルファー分すなわち「やみ賞与」であると認識していた。

(二)  右支給の金員は、補助金である職員厚生研修費として、予算や決算の各自の一九節に計上されていたが、八幡市当局は、その審議や議決にあたり、八幡市議会に対し、これが、実際は、職員に個別に支給される「やみ賞与」の金員であることを秘匿して議会の議決を得た。

(三)  本件支出は、このような方法によつて行われた。ただし、職員が、それぞれ具体的にいくらを受け取つたか、その受け取つた金がレクリエーションなどに充てられたかは、証拠上不明である。

3 前記当事者間に争いがない事実、前記認定の一項2(昭和五一年度分の支出に関する監査請求期間の徒過について)(二)(1)の各事実及び右認定の各事実に基づき、原告の本件請求の当否について判断する。

(一)  本件支出の違法性

(1) 本件支出は、八幡市当局と八幡市職員労働組合との交渉に基づき、特に使途を定めることもなく、職員に個別に支給されたものであり、支給を受けた職員も、これを手当のブラスアルファー分すなわち「やみ賞与」と認識していたのであるから、実質は給与(賞与)であるとしなければならない。

これに対し、被告らは、本件支出は補助金の支出であると主張するが、補助金とは、「公益性を有する事業または活動に要する費用に対して、予算の範囲内で交付する補助的性質を有する給付金である」(八幡市補助金等交付規則二条一号)ところ、本件支出は、八幡市職員労働組合との交渉に基づき、職員に対し、個別に支給したもので、その使途すら明らかでないから、補助金の支出とは到底いえない。そのうえ、本件支出について、同規則三条以下所定の手続の履践された形跡は認められない。

したがつて、本件支出が補助金の支出であるとすることは無用であるから、被告らのこの主張は、採用しない。

(2) そして、法二〇四条の二や地公法二五条一項は、地方公共団体の職員が法律や条例に基づかない給与の支給を受けることを禁止しているところ、本件支出は、その根拠となる法律や条例がないばかりか、予算上補助金として計上された経費を、給与(賞与)として職員に支給してしまつたのであるから、予算上の根拠を欠くことはいうまでもない。

これに対し、被告らは、八幡市職員の給与に関する条例(昭和三九年条例第二四号)附則二項が、職員給与の加算支給を認めており、本件支出は、これに基づくから適法であると主張する。しかし、この規定は、予算措置のあることを前提とし、かつ、予算上の給料や職員手当の費目から支給すべきところ、本件支出は、その措置を講じていないばかりか、職員厚生研修費から「やみ賞与」として流用支出したのであるから、本件支出が、この附則二項に基づく支出であるとするのは、単なる言逃れにすぎない。

したがつて、被告らのこの主張は、採用しない。

(3) まとめ

本件支出は、法律、条例や予算上の根拠を欠く違法な公金の支出である。

(二)  損害

(1) 前記のとおり、八幡市の個々の職員が支給を受けた具体的金額は証拠上明らかでないものの、本件支出総額金六一四〇万円が「やみ賞与」として職員に支給されているのであるから、八幡市が、本件支出によつて、支出総額金六一四〇万円と同額の損害を被つたことは、明らかである。

これに対し、被告らは、八幡市が、本件支出によつて、地公法四二条に基づいて負担する職員の元気回復措置に要する金六一四〇万円相当の費用の支出を免れたのであるから、八幡市に損害は生じていないと主張する。しかし、本件支出は、職員に対する実質給与(賞与)の支給であつて、元気回復措置とは無関係に行われたというべきであるから、八幡市が、本件支出によつて、法律上、職員の元気回復措置に要する費用の支出を免れたとすることはできない。そして、このことは、八幡市当局と八幡市職員労働組合との間で、本件支出を職員の元気回復措置の代替措置とする旨の合意がなされた場合でも、同じである。

被告らは、さらに、本件支出の支給を受けた職員のうち、一般職職員以外の者には、法二〇四条の二や地公法二五条の適用がないから、これらの者に対する支給分は、損害にならないと主張する。しかし、仮に右各法条の適用がないとしても、これらの者に対する支給も、予算外支出として違法であることには変わりがないから、その支給分も、損害に該るとしなければならない。

したがつて、被告らのこれらの主張は、採用しない。

(2) まとめ

八幡市は、本件支出によつて、金六一四〇万円の損害を被つた。

(三)  被告らの故意、過失

被告らは、八幡市長、八幡市収入役という立場上、本件支出がなされた経緯を知悉していたとしなければならない。このことは、被告吉田俊一が、本件支出の明細を告げた後、原告に対し、自分から聞いたということは内密にして欲しいと口止めしたことからも明らかである。

そうすると、被告山中末治は、本件支出が法律、条例や予算上の根拠を欠く違法なものであることを知りながら、本件支出を命令し、被告吉田俊一も、このことを知りながら、法二三二条の四第二項に違反して本件支出を行つたことになるから、被告らには、違法な本件支出について、故意があるとしなければならない。

三まとめ

被告らは、八幡市に対し、不法行為に基づき、損害金六一四〇万円を支払わなければならないから、八幡市に代位して、被告らに対し、損害金六一四〇万円とこれに対する昭和五三年九月二五日(本件訴提起の日)から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を八幡市に支払うことを求める原告の本件請求は、正当である。

四むすび

以上の次第で、原告の本件請求を認容することとし、行訴法七条、民訴法八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(古崎慶長 武田多喜子 長久保尚善)

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